繕わnight、ありがとうございました☆

2016.06.12 Sunday

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    昨夜の繕わnight、ワイワイ大盛況な楽しい夜をありがとうございました☆
    最初にこんな日本の繕い文化についてお話しさせてもらいました。



    糸で善くする

    「小豆三粒包める布は、捨ててはいけない」
    昔の日本には、母が子に伝えるこんな言葉がありました。

    布は家族の身体を包み、寄り添い、守るもの。特に雪国ではいのちを守る第二の肌でした。布一つを作るにも、植物から育てて繊維をとって織り上げなければいけない。それも厳しい野良仕事の空き時間で、乏しい灯りのもと仕立てるのです。そのため、布には気持ちがこもっていたし、ぼろぼろになるまで大切に使ったのでした。
    子どもが生まれるとき、集めておいた端切れを接ぎ、産着を縫う習慣があった土地もあります。布が貴重であったことと人々の徳にあやかるということをかけ、周囲の人から集めた百枚の布を接いでつくる「百徳きもの」という風習も、金沢をはじめ各地に残っています。赤ちゃんはたくさんの柄と色とともに、多くの人の心に包まれることになり、またその子どもを地域で育てるという意識が自然に芽生える機会にもなったことでしょう。
    雪国の女は端切れで布団も作ったし、きものをほどいて綿入れの夜着にも仕立てました。青森には麻布や木綿布を継ぎ出した敷布「ボド」があり、使ううちにすり切れた場所に接いで行く布のことは「ボドツギ」と呼びます。
    ものがたくさん溢れて、布も安価で手に入る今それを見ると、継ぎ足し、繕った箇所はみすぼらしく見えるのかもしれません。もちろん、継ぎ足し文化の背景には圧倒的な物資の乏しさ、貧しさがあります。けれど女が畑仕事の合間に縫い合わせた布には、日々を過ごす必死さとともに家族への慈しみがこもっていて、それはとても豊かなものに思えます。そしてどんなに布や糸が限られていても、色合わせや形、刺繍のデザインで実用性だけではない美しさ、楽しさを付け加えてあるのです。女たちはこうしたデザインを共有していて、よいものは近隣でシェアし、他の村に嫁ぐとまたそのデザインが伝わり・・・と、繕いは独自の文化を形成していました。
    さて「ボド」のはなしですが、これは寝る時に使う敷布で、お産の時にも使いました。ボドは祖父母や父母の使い古した着物をベースにして作ります。何度も刺し足して使い続けるので、もっと古い世代の先祖が使っていた布も混ざっていたかもしれません。代々家族の身を包んでいた布の上で子どもを産むことには、ただ道具としての布以上の意味があります。その家系のすべてで、生まれ落ちるいのちを受け止めるのです。
    端切れはこうしてお産に使われることもあれば、この世を去る時に見守ってくれる袈裟にもなりました。そういえば、端切れの“端”は境界を意味しています。縫う人の「健やかに」「安らかに」の思いをのせて、いのちの向こうとこちらをつなぐ布なのです。継ぎ足してつくった袈裟が、刺し子の原点ともいわれています。
    日本ではかつて、お産から日々の暮らし、今生の別れまでを布が寄り添っていました。ぼろぼろになっても更に繕い、繕えないほどになれば分解して糸として使い、まさに布は、肌のように老いていきました。
    繕うの語源は、糸でより善くすること。糸で暮らしを整えること。
    それは、死へ向かう日々の中で身を整えることにもつながるのかもしれません。
    ちょっと壮大な話になりましたが、今日は縫う楽しみのささやかな一歩として、靴下の穴を繕ってみます。
    小さな穴が空くとゴミになってしまう靴下に、もう一度いのちを吹き込んでみましょう。せっかく色糸がたくさんある時代だから、好きな色をたくさん使ってみてくださいね!(2016.6.11)

    ※写真は田中忠三郎さんの著書「物には心がある。」より、青森のボド。浅草のアミューズミュージアムで実際に見ることができます。


    素敵に繕われたものたちと笑顔。


    なぜか困り顔のmoris店主ひなっちゃんと私w(困ってません)

    素敵な夜をどうもありがとうございました。
    次は七夕の夜にね! こちらはまだお申し込み受け付けております〜☆

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